ものの見方を変えてみたら

ものの見方で不機嫌になる人間と機嫌がよくなる人間

スポンサーリンク



ものの見方を変えてみたら……なんとなくだけど腹の立つ頻度・悩み・ストレスなどが減少したような気がする。

今まで否定ばかりしていたことを肯定できるように考え方を変えてみる、というか見る方向、視点を変えてみるような感じ。

それには考え方や捉え方によって違う世界が見えるようにならなければならなかった。

柔軟な考え方と、いろんなことを知ること、そして、諦めることが必要……。

もともと頭がかたいって言われてきたので、考え方を変えるのにけっこう苦労したような気もする。


人生

生まれてきたからには幸福にならなければならない、幸福であるべきだ、という「べき思考」にとらわれていた。

しかし、最高の幸福でも、最低の不幸でも、死んだら終わりだと思ったときに何の意味もないことに気づいてしまった。

死んだ後に振り返れることができれば、意味があるかもしれないけど……。

しかし、現時点では死後の世界の話で納得できる答えは見つかっていない。

なので、どんな人生だとしても今のこの瞬間を大切に生きることが最善だと思う。

いや、それしかないと思う。


仕事

誰かがめんどくさいと思っている仕事を、自分が代わりにやってあげていることで報酬を貰っている、と考えてみた。

なので、自分がめんどくさいと思うことで、誰かが代わりにやってくれている仕事には感謝の気持ちとしてお金を払う。

こうやって世の中がうまく回っていると、無理やり思い込ませたふしがあるのは否めない。

なので、どんな仕事にも意味があると思う。


人間関係

ものの見方を変えた程度ではどうすることもできないことのひとつ。

この世に人間がいて自らが人間だとすると人間関係の悩みを解決するのは難しい。

ていうか、欲がなければもしかして、とも思うがそれじゃあ人間じゃなくなってしまう気もする。

諦めて無人島に行ってひとりで生きていく、今の便利な生活を捨ててまで行く気にはなれないが、もしかして何か気付きがあるかもしれない……。

あっ、ひとりだから人間関係で悩むことなんてないんだ。


時間

時間は概念なので実際には存在しないらしい。

実際には存在しないのに人間が創り上げた時間に人間自身が翻弄されている。

どうせ時間からの束縛からは逃れられないので諦めるしかない。

人生百年時代といわれるが、二十代の時に後八十年しか生きられないと嘆いた次の日に死ぬかもしれないので、将来に来るか来ないか分からない時間のことを考えることほど無駄なことはないと思う。

時間なんてあってないようなものくらいに考えるのがいいのかもしれない。

けっこう極端な考え方もあったような気もする、諦めなければならないのは自らが苦しめられている煩悩のことであり、どうしようもできないことはどうすることもできない、と理解して諦めるしかない。

限られた残り時間を、できるだけ有意義なことを最優先に考え、やる気を出してなんとか生きていく……しかないと思う。


スポンサーリンク



ブログランキング・にほんブログ村へ

イラスト:(イラストAC)ちょこぴよ

投稿:2021.11.25 木曜日