【他人の評価】白い紙に黒い点と黒い紙に白い点
紙の色に例えているのは自分から見た他人に対しての大雑把な評価である。 白い紙とは自分にとっていい人間を指し、黒い紙とは自分にとって嫌な人間のことを指す。 自分にとっていい人間にたまたま嫌なことをされるのが白い紙に黒い点が付くことで、自分にとって嫌な人間にたまたまいいことをされることを黒い紙に白い点が付くことである。 いい人間に嫌なことをされたり、嫌な人間にいいことをされたりした自分の心の状態を紙の色で表そうとしてるんだけど……。 実際には白い紙に黒い点があったり黒い紙に白い点があったりしても、そんなには気にならないと思う。 心の状態も同じで、いいと思っている人間に嫌なことをされたり、嫌だと思っている人間にいいことをされたりしても、人間にはいろんな側面があるのでそういうこともあるだろう、で済むと思う。 しかし、人間の心はそう単純じゃなかった。 人間の心はネガティブな状態が基本らしいので、いいと思っている人間から嫌なことをされたりして白い紙に黒い点が付いてしまうと時間の経過とともに黒い点が大きくなって不信感を抱いてしまったり、嫌な人間にいいことをされたりして黒い紙に白い点が付いても何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまい白い点はいずれ消えてしまう。 なぜこんなめんどくさい状態になってしまうのかを考えてみたら、原因は意識的に他人にレッテル貼っててしまっていたからである。 ただでさえめんどくさい人間関係をさらにめんどくさくしているだけだった。 こうなったら自分以外の人間は白と黒が混ざった灰色なんだと思い込ませることにした。 あらゆる人間は自分にとっていい人間かもしれないし嫌な人間かもしれない。 言動が信用できる人間かもしれないし信用できない人間かもしれない。 困ったときに助けてくれるかもしれないし見殺しにされるかもしれない。 勝手に自分で張ってしまった「あの人間はこういう人間だ」というレッテルのせいで心を煩わせているより、あらゆる人間に対しての紙の色の例えは灰色にする。 灰色=グレーというとなんか曖昧な感じがするけど人間はそんなもんだと思う。 人間関係をもっと楽にするためには他人に対してあまり関心を持たなくしてフラットな心の状態を維持することが重要だと思う。