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やる気がなくなる原因とその守り方

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やる気とは、何かを始めようとするための大事な原動力であり、日々の生活や仕事において欠かせない存在である。 ただし、このやる気というものは非常に繊細で、ほんの些細な外部の刺激のよって、あっけなく失われてしまうことがある……もったいない……。 たとえば、せっかく「勉強しよう!」と気合を入れた瞬間に、親から「早く勉強しなさい」なんて言われて、急にやる気がしぼんでしまった……そんな経験がある人も多いのではないのだろうか。 こうした状況に陥らないためには、自分のやる気をうまく守る方法を身につけることが大切である。 特に、気分に左右されないような心の持ち方を知っておくことで、外部の影響に振り回されることなく、自分のペースで物事を進める力を育てることができると思う。 やる気を守るための心構え まず、自分がやろうとしていることに対して、「内なる動機」をしっかり持つことが大切である。 この「内なる動機」とは、自分が心から「やりたい!」と思っている気持ちのこと。 誰かに言われたからではなく、自分自身の意志で行動しようとすると、他人の言葉に左右されにくくなり、やる気も長続きしやすくなる。 さらに、やる気を失いやすい原因を事前に予測し、それにどう対処するかを考えておくのも効果的である。 たとえば「否定されると落ち込む」「中断されると集中が途切れる」といった自分の弱点を把握しておくことで、心の準備ができ、いざというときにも落ち着いて対応できるはず。 気分に左右されないための具体的な方法 ポジティブな自己対話を意識する やる気が落ちかけたとき、自分に対して前向きな言葉をかけてみることが効果的である。 「自分ならできる」「今の一歩が未来を変える」といったメッセージを、自分自身に届けてあげることで、気分を立て直す助けになる。  外部の干渉を減らす 集中したいときは、家族や友人に「この時間は静かにしておいてほしい」と伝えることで、余計なアドバイスや干渉を防ぐことができる。 また、スマホの通知を切る、作業場所を変えるなどのちょっとした工夫で、自分のやる気を守る環境をつくることが可能になる。 小さな成功体験を積み重ねる たとえ小さなことでも、達成できたときにはしっかりと自分をほめてあげよう...

大人になるとワクワクしなくなる理由

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子供の頃って、新しいことに対するワクワクや楽しさを、ほとんど毎日のように感じていた気がする。 何を見ても、何をしても、すべてが新鮮で、「こんな世界があるんだ!」と心が躍っていた。 どんな小さな発見でも、それだけで1日中楽しくなれたし、退屈する暇などないほどだった。 だけど、大人になるにつれて、そういう感覚は少しづつ薄れていった。 なんでも、「こんなものか」と感じるようになり、心から感動したり驚いたりすることが少なくなった気がする。 日々は流れていくけれど、どこか淡々としていて、強く心に残るようなことが減ってしまった。 なぜなんだろう……。 もちろん、大人になっても楽しいと感じる瞬間はある。 趣味や旅行、美味しいご飯に癒されることもあるし、誰かとの時間が嬉しいこともある。 でも、子供の頃のような「初めて知った」「こんなに面白いことがあるなんて!」というような純粋な新鮮さは、どこか遠ざかってしまった。 もしかすると、経験を積んでいろいろなことが「わかって」しまうから、驚くことが減ったのかもしれない。 ある程度のことは想像がついて、「どうせこうなるのだろうな」と予測ができてしまう。 だから、感動する機会も自然と減ってしまうのかもしれない。 それに、大人になるにつれて「純粋さ」が薄れていくのも原因かもしれない。 子供のようにまっすぐに物事を受け取れなくなって、どこかで損得や効率を優先してしまう。 そして少しづつ、感情の反応も鈍くなっていくような気がする。 でも、だからといって、人生をただの惰性で生きていくのはもったいない。 このままなんとなく過ごして、なんとなく楽しいような、でも本当に楽しいのか分からないまま人生が終わってしまうとしたら……それはやっぱり寂しい。 「このままでいいのかな」と、不安になることもある。 そう思ったときに、やっぱり大切なのは「新しい体験」だと気づいた。 未知の世界に触れることや、まだ見たことがない景色を探しに行くこと。 そういう行動の中に、かすかでもワクワクやドキドキが戻ってくるんじゃないかと感じる。 もちろん、子供時代のような純粋な感動を完全に取り戻すことは難しいかもしれない。 でも、大人だか...

他人を見返してやるための怒りとやる気

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たまにだけど、過去の人間関係で腹の立つ出来事を思い出したとき、純粋な怒りが湧いてくることがある。 これは、過ぎ去った過去だからこその現象で、もしその過去から未来への影響を考え出してしまうと、単なる怒りから不安へと変わり、心に重荷がかかる。 だから純粋な怒りにはならない。 『純粋な怒り』って、どう説明したらいいかわからないけど、心が重たくならず、ただただ頭の中で怒りだけが渦巻いている状態だろう。 睡眠中の反芻(はんすう)は、怒りと不安が混じり合って心が疲弊して眠れなくなる。 でも、純粋な怒りだけなら、心の負荷はないから、ストレスとは違うものなのだ。 その純粋な怒りの先には、『見返してやりたい』という思いがある。 そして、自身の劣等感がその引き金となる。 だからこそ、単なる怒りではなく、『成長して相手を超えたい』という強いエネルギーが生まれるのだ。 その怒りが湧き上がると、不思議と『やる気』も一緒についてくる。 体がスタンバイの状態となり、後回しにしてきた面倒なことも、思わず手をつけたくなることがある。 しかもそのとき、見返してやりたい事柄と直接関係がないことでも、勢いで片付けられるから面白い。 ほとんどの人間は、他人よりも優位でありたいという生存本能を持っている。 単なる劣等感だけなら落ち込みで終わるだけだけど、『見返してやる』となれば成長が求められる。 つまり、純粋な怒りが成長への扉を開いてくれるのだ。 過去の屈辱、悔しさ、恥ずかしさを思い出したとき、もし純粋な怒りが湧き出してきたなら、それは単なるネガティブではない。 『強く、豊かに生きたい』という、自身の未来へのメッセージなのだ。 その怒りをうまく活用できれば、多様な挑戦ができ、自身の成長につながる。 もしかしたら、怒りという感情は単なる『闘争本能』ではなく、成長や進化を後押しする『生存本能』なのかもしれない。 そうして成長し、やがて寛大で心豊かな人となれば、過去のつまらない出来事など笑って受け流せるようになる。 いや、純粋な怒りの力で『人生を有意義』にできれば、それこそ最高の勝利なのではないだろうか。 イラスト:gontyan 投稿:2021.10...