あらゆる人間に平等に訪れるもの

この世には「平等」という美しい言葉がある。 しかし現実の社会で、その言葉の意味を実感するのは、決して容易ではないと思う。 貧富の差、社会的な立場の違い、才能や環境といった生まれ持った要素。 我々の暮らすこの世界は、あらゆる面で「不平等」に満ちている。 どれほど平等な社会を理想として掲げても、それを完全に実現するのは限りなく難しい。 というより、おそらく不可能に近い。 その理由のひとつには、人間が本能的に「生存競争」の中で、他者よりも優位に立とうとする性質を持っていることがあるのかもしれない。 しかし、そんな中でも、どんな人間にも等しく訪れる「本当の平等」が存在する。 それが、「時間」「変化」、そして「死」という3つのものだ。 時間の平等──1日24時間をどう生きるか? 「時間」は、唯一、すべての人間に平等に与えられている資源だと思う。 1日は24時間、1年は365日。この時間の単位は誰にとっても変わらない。 しかし、 その時間をどう使うか は人それぞれ。 同じ24時間でも、それを努力や挑戦に使う人もいれば、何となく流されて過ごしてしまう人もいる。 時間は止まることなく流れ続け、決して過去に戻ることはできない。 その有限性を意識するからこそ、我々は「時間の使い方」に悩み、工夫し、より良い毎日を送ろうと努力するのかもしれない。 変化の平等──人生における「変化」をどう受け入れるか? そしてもう一つの平等が「変化」だ。 どれだけ地位や環境が安定しているように見える人でも、変化から逃れることはできない。 季節が移り変わるように、人生もまた絶えず流れ、体も心も少しずつ変化していく。 新しい出会いや別れ、思わぬ成功や予期せぬ挫折。 変化は我々を喜ばせることもあれば、深く苦しめることもある。 それでも、「変化の中でしか学べないこと」があり、「変化を通してしか成長できない自分」も存在する。 変化に翻弄されるのではなく、変化を受け入れ、それと共に生きることで、人はより深く人生を味わうことができる。 死という究極の平等──死を恐れず、生を深く生きる そして忘れてはならないのが「死」だ。 これは、すべての人間に等しく訪れる、 究極の平等 である。...