明日も生きていたときの保険
「明日死ぬかもしれないから、無駄な努力はしない」っていう考え方は、一見もっともらしく聞こえるけど……でも、もし明日も生きていたらどうしよう……。
たまになんだけど、こういう考えが頭をよぎることがあるんだ「明日死ぬかもしれないのに、どうして今日、面白くもない勉強を一生懸命にしてるんだろうとか、楽しくもない仕事をストレスを抱えながらしているんだろう」とかって……。
👀「う~ん、確かに……そういうときってあるよね」
仮にもし、明日死んじゃったとしたら、何もかもが無駄なことになるかもしれないのに、どうして今日頑張ろうとするのか分かんないんだよね。
👀「そうかもしれないけど、でも、もし今日、何をしても無駄だからって何もしないでダラダラ生きたとすると、明日も生きていた時に、いったい何のために生きているんだろうって思っちゃうんじゃないのかな?……」
う~ん……そうなるのかもかもしれないし……ならないかもしれないけど、なんか、分かんなくなってきちゃった。
👀「じゃぁ、こういう考え方はどうかな『もし明日も生きていたときの保険』ということで今日を一生懸命に生きるっていうのは?」
保険か……確かに、何かあったときのために備えるのが保険だとしたら、今日の自分がすることも、明日の自分のための備えになるのかもしれないね。
👀「そう、例えば勉強もそうだよね、今はつまらないかもしれないけど、もし明日も生きていたら、その知識が何かの役に立つかもしれない、仕事だって今日やっておけば、明日ちょっとラクになるかもしれないよ」
そうか、そういう風に考えれば、今日経験するあらゆる出来事は無駄にならないかもしれないってことだね。
👀「そうだよ、もし何もせずにダラダラ過ごして、明日も普通に生きていたら……きっと「昨日はもうちょっと何かしておけばよかったかな」って思っちゃう気がする、それに、死ぬときに後悔することってこんな感じなんじゃないかな。
そうかもしれない……それじゃあ、明日が来たときのために頑張ってみるかな。
👀「うん、でも、ただ『頑張るべき』っていう話じゃなくて、明日の自分が『やっておいてよかった』って思えることを、無理のない範囲でやるっていうのが大事なんじゃないかな?」
無理のない範囲で、か……そう考えたら、勉強や仕事だけじゃなくて、自分が楽しめることや、やりたいことも大事になってくるよね、もし明日も生きていたときに『昨日はいい時間を過ごしてたな』って思えるなら、それも立派な保険になる気がする。
👀「そうそう『明日も生きていたときの保険』は、努力だけじゃなくて『ちゃんと楽しんでおくこと』も含まれるんだよ」
だったら、勉強も仕事も、『全部無駄かもしれない』って思うんじゃなくて、『明日も生きていたときのために、ちょっとでもいい状態を作っておく』くらいの気持ちでやってみるのがいいのかもしれないね。
👀「そうだね、あとは大事なやる気をいつでも出せるようにしておくといいと思うよ」
もし、明日死ぬなら、それまでの時間を有意義に使えていれば後悔はないと思う、そして、もし生き残ったなら、今日の積み重ねが未来を良くしてくれる、どちらに転んでも無駄にはならないのだから、少しでも前に進んでみる価値はあるはずだ、と思う。