投稿

今を感じて生きるための小さなヒント

「今を生きる」っていうテーマをよく耳にするけど、具体的にどうすればいいのかは少し曖昧だよね。 👀「そういえばそうだね、みんなはどうやって今を生きているのか、調べてみたり考えてみたりしてみようよ」 自分の心と体に意識を向ける みんなはどんなふうに今を生きてるのかな?……。 👀「やっぱり、毎日の生活のなかで、ほんの数分でもいいから自分の呼吸や体のかんかくに集中する時間を作ってるみたいだよ、たとえば、朝の準備中や寝る前に深呼吸をして、自分が今ここにいる感覚を感じるんだ」 ふ〜ん、深呼吸ねぇ〜。 👀「深呼吸はストレス軽減にもいいみたいだから、日常の中に意識的に取り入れてみたら」 今していることに没頭する う〜ん、あと他に何かある?。 👀「そうだね、あとは、目の前の作業に集中することで、未来の心配や過去の後悔から開放されるよ」 でもそれって、何かに夢中になってるときだよね、未来や過去も思い浮かばないくらいだから、そのときに「今を感じている」というのも感じないんじゃないかな。 👀「えっ……そう言われてみるとそうかも」 作業が終わり現実に引き戻されたときに、また今じゃない時間を過ごすことになるんじゃないのかな。 👀「それもあるね、だからいろんなことで今を感じる度合いを増やしていくんだ、たとえば、食事のときは、味や食感を意識したり、歩いているときは足元の感触を感じてみたり、シンプルな行動を意識してみるといいよ」 小さな喜びを見つける いろいろ意識しないと、今を感じるのは大変なんだね。 👀「そうだね、子供の頃は無条件で今を感じていたのに、大人になるといろいろ考えちゃうからね……大人になっても、日常の小さなことに喜びを感じられると、毎日がより充実していくと思うよ」 小さなことに喜びを感じる?……。 👀「そう、たとえば、天気が良いこと、温かい飲み物を飲むこと、友達や家族と話すこととか、自分が感謝できる瞬間に目を向けてみるのもいいと思うよ」 未来の不安や過去の後悔を減らす でも、その瞬間が終わるとまた、過去や未来に翻弄されるんだね……。 👀「だったら「過去は変えられないし、未来はまだ来ていない」という考え方を取り入れてみるのも効果的だよ」 分かってはいるんだけど、なかなか難しいね……。 👀「全然分かってないね、今までに過去が変わったことある?、ないでしょ、だったら未来の

横から口を出す人間の心理

イメージ
なんか最近、誰かと話していると、横から口を出す人がいて、ちょっと煩わしく感じるんだよね……。 👀「あ〜、いるいる、そういう人」 肯定ならまだしも、否定して訂正してくるんだ。 👀「あっ、それってもしかして、どうしようもない人のリストに入っているかもね」  うん、そんな感じがする。 👀「確かに、そういう人って単に嫌がらせじゃなくて、何かしらの理由があるのかもしれないね……ちょっと考えて見るのも面白いんじゃないの」 優位性を示したい やっぱり、自分が優位だって示したいんじゃないのかな。 👀「そうかもね、自分の意見や知識を見せつけて、他よりも優れてるとか、経験豊富だってアピールする心理があるのかもしれないね」 なるほど、確かにそういう風に見えることが多いよね、やっぱり、自分の立場を強く見せたいんだろううな。 👀「特に、誰かが困っている時に助け船を出して、自分の存在を感じさせたいって時にそうなるのかもしれないね」 コントロール欲求 自分の思い通りにしたいっていう気持ちもありそうだよね。 👀「うん、それもあるかも、物事の進行や結果に影響を与えたいっていう欲求が背景にあるときもあるよ」 やっぱり、他人の意見を押しのけてでも自分の思い通りにしたいって心理もはたらいてるのかな。 👀「そうだね、自分の考えを押し付けて、その場をコントロールしたいってのもあるのかも」 不安や心配 ただ、横から口を出す理由が悪意だけじゃない場合もあるよね、適切なことを言おうとしてくれる人もいたし……。 👀「そうだね、相手が正しい判断が出きるかどうかを心配して、失敗を防ぎたいっていう親心が背景にある場合もあるかも、この場合、必ずしも自己中心的な意図じゃなくて、相手を助けたい気持ちが強いのかもね」 共感の表現 たまにだけど、親身になって口を出してくる人もいたね。 👀「そういう人は他人の問題に共感しすぎて、自分もその状況に関わりたいって思うんだよね『自分も同じ経験をした』って感じで意見を言いたくなるんだ、悪意はないと思うよ」 自己肯定感の不足 他にはなにかあるかな?。

世界と自分の存在をめぐる終わりなき問い

イメージ
  世界が存在しているからこそ自分が存在するのか、それとも自分が存在していて世界を認識できているからこそ世界が存在できているのか、いったいどっちなんだろう。 👀「なんかまた難しいこと考えてる」 やっぱり世界はもともと存在していて、自分はこの世界にたまたま出現してしまったから、いずれ世界が残ったまま消滅してしまう存在にすぎないと思う、でも、この考え方には哲学的な問があるんだ、もし自分が消滅したとき、世界がそのまま残っているってどうやって確認できるんだろう?、デカルトは”我思う、故に我あり”って言ってたけど、自分が存在しないと世界を認識できないわけだから、自分がいない世界って、実はどうなのかは分からないんじゃないかな。 👀「たぶんそうだね、生まれる前のことも分かんないし、もちろん……死んだ後のことなんかも分かんないんだから、単に今現在たまたま存在しているだけだと思う、そしてもう二度と現れないかけがえのない存在……」 ……でも、もしかしたら自分はアバターかもしれない。 👀「うわぁ~~~なんかめんどくさくなってきたぁ」 本当の自分は他の場所(この世界の外側)にいて、そして誰かが創った世界(この世界)で何かしらの目的のためにアバターとして今の自分が存在しているのかもしれない……そして今の自分が死んだとき(アバターの消失)によって夢から醒めたように本来の自分自身に戻るんじゃないかって、でも、これも証拠はないし、ただの想像に過ぎないんだけど、人間ってそういうことを考えたくなるんだろうね。 👀「映画とかゲームの影響を受けすぎなんじゃないの?」 というわけで、もしかしたらの可能性もあるから、この人生はゲームのように何度でもやり直すことができるかもしれない、生まれ変わりのような考えもあるし。 👀「そうかもしれないけど……でも、いつか必ず、何もかもが終わるときが来るよ」 誰も答えを知らないから考えてみる こういうことを考えるのが大好きで、暇さえあればいつも頭を巡らせている。 でも、現代科学では、人生は一度きりでやり直せないとされているから、その一瞬一瞬をどう生きるかが重要だと考える人もいる。 なぜ世界と自分が存在するのかが知りたくて哲学の本を読んでいた時期もあった。 難しすぎて理解はでき