投稿

3月, 2022の投稿を表示しています

悩みは消えなくても生き方は選べる

イメージ
子供の頃、今では取るに足らないようなことで悩んだり、不安になったりしていた。 当時は「大人になればそんな悩みや不安からは解放される」と信じていた。 なぜなら、子供目線では、大人たちは悩みなんてないように見えたからだ。 だから早く大人になりたかった。 しかし、成長するにつれて、それが幻想だったと気づかされた。 大人になっても悩みや不安は尽きない。 むしろ、責任が増え、選択肢が広がることで、より深刻な悩みが次々にやってくる。 人間関係、仕事、お金、健康、家族、老後、そして死への不安……こうした問題は、少しでも気を抜けば心を押しつぶしてしまう。 だは、どうすれば悩みや不安と上手に付き合っていけるのか?……すぐに解決できない問題があるからこそ、心を守る工夫が必要だ。 悩みや不安に押しつぶされないために 小さな目標を立てる 悩みを一気に解決しようとすると、逆に圧倒されてしまう。 だからこそ、少しずつでも前進することが大切だ。 例えば、「今日ひとつだけ問題に取り組む」「一日のうちで少しだけリラックスする時間を持つ」など、小さな目標を積み重ねることで、心に余裕を持たせる。 悩みを書き出す 頭の中で悩みがぐるぐる回っていると、実際よりも大きく感じてしまうことがある。 紙に書き出すことで、問題を整理できたり、現実的な解決策が見えてきたりする。 書くだけで気持ちが軽くなることもある。 誰かに話す 悩みを一人で抱え込むと、どんどん深刻に感じてしまうことがある。 友人や家族、あるいは専門家に話すことで、他の視点からのアドバイスを得られたり、「自分だけが悩んでいるわけじゃない」と思えて気が楽になることもある。 適度な距離を持つ 悩みに向き合うことも大切だが、過剰に考えすぎると逆に心が疲れてしまう。 問題に取り組む時間と、意識的にそれを忘れる時間をバランスよく持つことが重要だ。 悩みと共存しながら生きる 悩みや不安を完全になくすことはできないかもしれない。 でも、それらに押しつぶされるのではなく、上手く付き合っていくことはできる。 人生には後悔が残ることもあるし、死の瞬間まで悩み続けることもあるかもしれない。 それでも、できる限り前を...

「わかったふり」のアドバイスが人を傷つける理由と思いやりの本質

イメージ
心というものは、人間ひとりひとりに唯一無二のものとして存在し、それぞれの内面は独自の感覚や感情の集まりである。 そして、その心の中で起きていることは、どれほど親しい間柄であっても、結局のところその人自身にしか完全には理解できない。 我々が、他人の心の状態を推し量るとき、表情や言葉、行動といった外に出てきたわずかな手がかりから想像するしかない。 そして、その想像もたいていは、自分がこれまでに経験してきた類似の感情や状況をもとに「きっとこんな感じだろう」と推測するに過ぎない。 だが、当然ながらその推測が的を射ている保証はどこにもない。 それにもかかわらず、「共感」という言葉は世の中にあふれていて、「共感できること」が善とされているような風潮すらある。 もちろん、双方が納得できるかたちで成立している共感というのは、非常に価値あるものだと思う。 しかし、問題はその「共感」に続けて、勝手なアドバイスを始める人間である。 「気持ちは分かるけどさ……」と切り出されて、こちらが求めてもいない改善策を提案されることがある。 だが、その人がかつて経験した心のダメージが30%くらいで、今まさに苦しんでいるこちらのダメージが70%だとしたら、そのアドバイスな何の役にも立たないことが多い。 心の傷の深さというものは、外からは見えにくい。 けれど、それが倍以上も違えば、回復に必要な時間も方法もまったく異なるはずだ。 それなのに、表面だけを見て「こうすればいい」と言ってくる人間は、たいてい自分の物差しでしか人を見ていない。 さらにやっかいなのは、こちらがそのアドバイスを一度試してみた結果、やっぱり効果がなかった時に、「それぐらいのことで……」という態度をとられることである。 この瞬間に、心の深い部分で傷つき、さらなる孤独や無力感に追い込まれてしまう人も少なくない。 多くの人間は、同じような体験をした人間同士ならば、同じような心の反応を示すだろうと、無意識に思い込んでいる。 しかし、性格も、受け取り方も、心の容量も、耐性も、人によってまったく違う。 同じ出来事でも「大したことない」と感じる人もいれば、「もう立ち直れない」と感じる人もいるのだ。 ...

お金が存在する理由~人間の欲求と生活を支える手段

イメージ
世の中には、お金というものが当たり前のように存在しているけど、そもそもお金とはいったい何のためにあるのか、ふと考えることがある。 そのお金の一部は税金として徴収され、社会全体を支えるために使われている。 しかし、その恩恵を直接感じたことがない人間にとっては、税金が本当に役立っているかどうか、実感しにくいようにも感じる。 それ以外で、人間ひとりひとりからみたお金というものはいったい何のためにあるんだろう……。 なんとなくだけど、人間の欲が根底にあるような気がするので探してみた。 能力を補うため お金を使うことで、自分ではできないことを他者に依頼したり、自分に不足している知識を購入することができる。 例えば、法律や会計に詳しくない人が弁護士や税理士に相談してトラブルを解決したり、専門的な技術が必要な工事をプロに頼むことが挙げられる。 自分では持っていないリソースを、お金を使うことで補い、効率的に問題を解決することができる。 また、自己投資として、知識を身につけるために本を買ったり、スキルアップのためにセミナーに参加したりすることも、お金で能力を補うひとつの方法である。 こうして得た能力が、将来的には収入や生活の向上に繋がることも期待できる。 承認欲求を満たすため お金を使って、自分の社会的な地位や成功を他人に見せつけることで、周囲からの評価や賞賛を得たいという欲求を満たすことがある。 例えば、高級車やブランド品を購入することは、その持ち主が経済的に余裕があり、成功していることを他人にアピールする手段になる。 周囲から「凄い」「羨ましい」と思われることで、自分の存在価値や成功を実感し、承認欲求が満たされる。 また、高級レストランやリゾート地に行くことや、最新のガジェットを手に入れることも同様に、自分のライフスタイルを他者に見せつけるための手段に成り得る。 SNSにこれらの経験を投稿することで、フォロワーからの「いいね」やコメントがもらえ、さらに自分の価値を感じることができる。 しかし、こうした行為にはリスクもある。 過度に他者の承認を求めてお金を使い続けると、他人の評価に依存し、経済的な負担が大きくなる可能性もある。 また、周囲から嫉妬や批判を受け、人間関係が悪化するすることもある。 欲を...